アルツハイマーが“音”で改善する?「ガンマ波サウンド」の認知症患者への効果検証を日本初実施
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高齢化が進む日本で、社会全体の大きな課題となっている認知症。新薬の開発をはじめさまざまな形で予防・治療への取り組みが進むなか、“音”でアルツハイマー型認知症が改善するかもしれないという新たなアプローチに注目が集まっている。
そうした可能性を持つ「ガンマ波サウンド」を2023年から導入した東京・国立市の介護老人保健施設「国立あおやぎ苑」は、ガンマ波サウンドスピーカー「kikippa」を用いた認知症患者への効果検証を日本で初めて実施。2024年11月28日に開かれたプレスセミナーで、アルツハイマー型認知症のBPSD(周辺症状)に対する40Hz変調音声の効果が説明された。
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「ガンマ波サウンド」が「アミロイドβ」を減らす可能性
音が認知症を改善するかもしれないという発想は、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)のチームによる研究に端を発する。MITの研究チームによるマウス試験で、40Hz周期の音や光をマウスに与えたところ、脳内に脳波の一種であるガンマ波が発生。すると、アルツハイマー型認知症に関連すると考えられている“脳内ゴミ”の「アミロイドβタンパク質」の低減や、認知機能障害の改善が見られたというのだ。
こうした研究結果に着目し、製薬大手の塩野義製薬とピクシーダストテクノロジーズは、テレビなどの入力音声に含まれる部分信号に、40Hzの振幅変調を行って音声を加工する「ガンマ波変調技術」を開発。この「ガンマ波変調技術」を搭載したスピーカーが「kikippa」だ。これは、スピーカーを通して40Hz周期のガンマ波サウンドを日常生活の中で発生させられるというもの。人間への効果はまだ未知数ながらも、音を活用した認知症ケアへの取り組みは進みつつある。
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こうしたケアを実践する施設の一つが、国立あおやぎ苑だ。同施設では、「kikippa」を認知症フロアの大型テレビに接続し、40Hzに変調した音声を9時から18時までの間、スピーカーから流し続けている。同フロアのアルツハイマー型認知症患者および原因が不明な認知症患者計25名を対象に、スピーカー設置前と設置後6カ月で認知機能がどう変化したかが、今回行われた検証の内容だ。
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「罵声がなくなった」スピーカー導入後の変化
今回の検証で、認知症の中核症状(記憶障害や見当識障害など、脳の働きの低下によって直接的に起こる症状)については「HDS-R」(長谷川式認知症スケール)、周辺症状(徘徊や不安など、認知症患者の行動や心理状態で起きる具体的な症状)については「DBD-13」(認知症行動障害尺度ツール)を用いて、スピーカー導入前後で点数の変化を比較した。
国立あおやぎ苑の施設長で医師の武田行広さんの発表によると、今回の検証では「kikippa」を設置していない一般病床の利用者31名については6カ月間で「HDS-R」と「DBD-13」ともに有意な変化は見られなかった一方、「kikippa」を設置した認知症フロアの認知症患者25名には、「DBD-13」について平均17.96ポイント~14.96ポイントと、3.00ポイントの改善が見られたという。
武田施設長は「『DBD-13』での3ポイントの改善が介護量の軽減をどの程度反映しているか、信頼性・妥当性は明らかではありません」と前置きしつつも、「以前は『バカ野郎』『うるせえ!』などの罵声が飛び交い、スタッフが駆け回って対応に追われていました。現在、罵声はほとんど聞かれなくなり、笑顔でトランプに興じたり、余裕のあるスタッフが患者のフットケアを行ったりしています。現場のスタッフからも雰囲気がやわらかくなり、ピリピリ感がなくなったといった感想が聞かれます」と、体感上でのBPSDの変化を話す。
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さらに、今回の検証から3カ月が経過した9カ月目のデータも集計中とのことで、そこでは「DBD-13」の項目の一つである「同じことを何度も何度も聞く」症状が大きく改善しているという結果が出つつあるという。
6カ月時点では「HDS-R」の点数は横ばいで、中核症状についての変化は見られなかったものの、「同じことを何度も聞くという点は、BPSDよりも、中核症状の短期記憶障害、あるいは近似記憶障害に関連するものであるので、もしかしたら今後検証期間を延ばしていくと、認知症の中核症状、記憶障害というものにも効果を出す可能性があると思っています」と武田施設長は説明した。
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患者本人にも、ケアする人にも意義が大きいBPSDの軽減
セミナー終了後は、「kikippa」を導入している国立あおやぎ苑の認知症フロアを実際に見学する時間があった。筆者は数年ほど介護士を務めた経験があり、その中で認知症の利用者と接する機会も多く、あくまでその主観ではあるが、同フロアでは入居者の多くが穏やかに過ごしているという印象を受けた。
一方、国立あおやぎ苑に務める作業療法士の土屋太陽さんは「今日はむしろざわついている印象で、もっと落ち着いている時もあります」と話す。
入居者のリハビリに携わり、また認知症ケア専門士の資格も持つ土屋さん。「以前は徘徊や帰宅願望などでなかなかリハビリに集中してくださらなかったんですが、『kikippa』を導入してからは(そうした入居者も)フロアで過ごす時間が多くなって、声かけに対しても意欲的に応じてくださるような印象です」と、スピーカー導入後の変化を挙げた。認知症の軽度・重度問わず幅広い利用者に変化が現れているようだ。
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「不穏や不安感といった認知症の周辺症状に対して、スタッフが悩むことや精神的負担が減ったというような話も増えています。認知症の症状の改善にはすごく膨大な時間とマンパワーを要する印象なのですが、スピーカーを置いて流しておくだけで改善していくというのは、従来のアプローチを覆すようだなと感じています」と、現場で働くスタッフから見てもこの変化に驚きは大きいようだ。
アルツハイマー型認知症に対しては新薬の実用化が進んでいるが、薬物投与での治療では多かれ少なかれ身体への負担は避けられない。一方、日常生活の中で40Hz周期の音を聞くだけというこの手法は、そうした負担をかけないのも大きなポイントだ。
国立あおやぎ苑は医療施設ではないため、今回の検証では「HDS-R」と「DBD-13」での評価に留まっている。武田施設長は引き続き検証を行っていくと話すとともに、「たとえば医療機関で実際に画像診断や髄液を調べたりと、さらに大規模に科学的に追及していけば、もっと結果がシリアスに出てくると思っています。(今回の検証が)画像やバイオマーカーなどを定期的にフォローアップできる医療機関での検証の一助になれば幸いです」と、今後の検証の深化や広まりに期待を寄せる。
武田施設長はセミナーの結びで「現在臨床で投与されている認知症治療薬は、おおむね、認知症が軽度かあるいは『MCI』と呼ばれる軽度認知障害の患者さんへの使用が推奨されています。残念ながら、国立あおやぎ苑2階の患者さんは、認知症重度から終末期の方々がほとんどです。薬による過量も効果がなく、中止になった人も結構います」と実情を話す。そのうえで「そんな病態の患者さんにとって、BPSDを軽くして楽しい人生を送ることは、認知機能の改善よりもある意味価値があるとも言えます」と、BPSDの軽減の意義を語った。
今までにない切り口から認知症の予防や改善に結びつくかもしれないガンマ波サウンド。今後の進展に期待したい。
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