寿司店で順番を待っていると、人数の少ない客をカウンター席へ案内する店員に「順番を抜かすな、非常識だぞ!」と声を荒らげる男性がいた。周囲から冷たい視線を向けられているのは、主人公・栄子の父親だった。昔からの価値観を疑うことなく、周囲にも押し付けてしまう両親との関係を描いた「わたしの親が老害なんて」を紹介するとともに、著者の西野みや子さんに制作の背景や作品に込めた思いを聞いた。
「非常識だぞ!」声を荒らげる高齢男性…「昔はこうだった」と親世代の価値観に苦しむ娘を描いた『わたしの親が老害なんて』が話題【作者に聞く】
「昔はこうだった」を押し付ける両親
主人公の栄子は夫と2人で暮らし、娘の美咲はすでに結婚して家を出ている。現在はスーパーでパートをしており、80代の両親が近所に住んでいた。子どもが小さい頃は面倒を見てもらったり、アドバイスをもらったりと頼りになる存在だったが、娘が巣立ってからは、近くに住む両親の言動をわずらわしく感じるようになっていく。
元教員の父は自分の考えを曲げず、母も父には逆らわない一方で、昔ながらの価値観を栄子に押し付けてくる。外出先で店員にクレームをつけることもあり、そのたびに栄子が代わって謝罪する。「長女の私が面倒みるしかないよね」「こんなふうに考える自分は薄情なんだろうか?」と葛藤する栄子だが、自分の親が周囲から「老害」と見られていることには複雑な思いを抱えていた。
そんなある日、妊娠した美咲が帰省する。つわりでほとんど食べられないという娘の声をよそに、両親は寿司を注文。「生ものは控えてる」と伝えても「お祝いだから」「ちょっとくらいいいんじゃないか」と聞く耳を持たない。さらに「染めた髪は、赤ちゃんに悪い影響があるんじゃない?」とまで言い出し、栄子は両親だけでなく、自分自身の中にもある価値観と向き合うことになる。
「老害」は特別な誰かではない!?
本作の「老害」というテーマは、担当編集者から提案された企画だった。西野さん自身、誰かを明確に「老害」と感じた経験は多くなかったという。しかし、限界集落で育った経験から、男尊女卑や古い価値観に触れる機会は多かった。都会で一人暮らしをした後に地元へ戻ることで、田舎独特の考え方を改めて意識することもあったという。「『老害』は特別な存在ではなく、誰の身近にも潜んでいる可能性があるのだと感じ、このテーマで描きたいと思うようになりました」
制作を通して感じたのも、まさにその身近さだった。「老害」とは年齢だけで決まるものではなく、自分の価値観や経験を相手に押し付けたり、異なる文化や考え方を受け入れようとしなかったりする態度から生まれるものではないかと考えたという。
自身の体験から描いた「古い価値観」の違和感
西野さん自身も、これまで「女性の生き方」や「子育て」にまつわる古い価値観に直面してきた。妊娠中につわりがひどく、ファストフードを少量しか食べられなかった際には、「二人分食べないと」と言われることがプレッシャーになった。また、無痛分娩を考えていたところ、女性から「出産の痛みはみんなが通った道だから」と反対された経験もある。
漫画家として活動を始めてからも、「旦那さんは仕事があるから母親が家事育児をしないと」と言われたことがあった。こうした経験は、作中の祖父母が美咲に向ける「つわりへの対応」や「母親はキャリアより育児を優先すべき」という考えにもつながっている。
栄子自身は美咲の味方でありたいと思っている。しかし、長年にわたって両親から言われ続けたことが、知らないうちに自分の中へ染み込んでいる。その部分も本作の重要なポイントだという。「私が体験してきた親世代やその上の世代から言われて感じた違和感を多く描いているので、注目していただけるとうれしいです」と西野さんは語る。
また、登場人物はあえて特別な人たちにはせず、話を聞いてくれない祖父母や、心配性で世話焼きな母親など、身近にいそうな人物として描いた。「『老害』は誰にでも潜む可能性があることを伝えたかった」と、その理由を明かす。
過去に制作した「子どもの安全第一ハーネス」の経験も、本作と通じる部分があるという。ハーネスへの偏見は見た目の印象や世代間の価値観の違いから生まれるが、デザインという小さなきっかけで理解が深まることもある。「誤解と理解」は、ほんの小さなきっかけで変わりうる。そんな思いも作品に込めた。
自分自身を振り返るきっかけに
「老害」という言葉について、西野さんは「インパクトが強く、軽々しく使うべきではない」と考えている。一方で、その実態は特別な誰かだけに起こるものではなく、身近な人にも、そして自分自身にも起こりうるものだという。
「この作品を通じて、『老害』とされる人たちの背景や、なぜそうなってしまったのかを知ることで、私たちもまた同じ道を歩まないように、自省するきっかけになればうれしいです」
誰かの古い価値観に違和感を覚えたとき、それを単に「老害」と片付けてしまうのではなく、自分自身も知らないうちに誰かへ価値観を押し付けていないか。本作は、親子の関係を通してそんな問いを投げかけている。
■取材協力:西野みや子(@miyakokko61)
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