富山県南砺(なんと)市にある山あいの町・井波(いなみ)は、日本有数の木彫りの町。人口約8000人のうち約200人が木彫職人という、全国でも珍しいものづくりの町として知られている。そんな井波で注目を集めているのが、2016年に誕生した“まちやど”型ホテル「Bed and Craft」だ。“まちやど”とは、その名のとおり町と一体となった宿泊施設のこと。民家を改装した宿に泊まり、町を歩き、職人の手仕事や地元の人々との交流を通して、まるでその土地で暮らしているかのような時間を過ごせる。今回は「Bed and Craft」を拠点に巡る、木彫りの町・井波での1泊2日の旅を紹介する。

古民家をリノベーションした一棟貸し「Bed and Craft」で、井波の町に暮らすように滞在する
井波は富山県の西部、富山市と金沢市のちょうど間にある南砺市の町だ。井波までのアクセスは、富山駅から約34キロ、車で約50分。金沢駅からは約40キロ、車で約50分、直通バスなら約75分。高岡駅からも直通バスが運行しており、約60分でアクセスできる。いずれも井波の中心地・八日町通りに到着する。

「Bed and Craft」は八日町通りから徒歩約5分のところにある、古民家をリノベーションした一棟貸しの宿泊施設だ。井波の町に点在する客室はもともとが一軒の家なので、寝室に加えてリビングルームやキッチン、お風呂といった設備に洗濯機などの家電もそろい、暮らすような旅を体験できる。“一棟一職人”とし、地元の彫刻家や漆芸家、デザイナーといったクリエイターが空間演出を手がける客室は、それぞれがとても個性的で、まるでギャラリーのよう。部屋によっては縁側から庭を眺めながらゆったりと過ごしたり、120インチの大画面プロジェクターで映画鑑賞したりと過ごし方も変わってくる。滞在のスタイルや好みに合わせて部屋を選ぶのも楽しい。
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そんな古民家に宿泊しながら、工房や飲食店を巡ったり、歴史ある寺を訪れたりと、井波の町を散策しよう。まちのコンシェルジュに相談すれば、井波の町のおすすめを教えてくれる。また、職人の工房で「弟子入り」体験することもできる。木彫りの版画や豆皿、スプーン、漆の箸など、いろいろなコースが用意されている。この機会にぜひ挑戦してみたい。

なぜ、井波が注目されているのか
世界の旅人から注目を集める、富山県南砺市の井波。木彫刻で知られるこの町は、日本遺産にも認定されている。2025年には、米国の旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」が選ぶ「世界の静かな場所50選」に、伊勢神宮などと並んで選出された。

ここでは、時間を惜しまずに作られた美術品や、洗練されたオーダーメイドに囲まれた滞在が叶う。職人の技術を間近で見て、そして実際に工芸体験をすることもできる。ゆっくりと静かな町で過ごしたい、友達・家族との絆を旅で深めたい、おいしいものが食べたい、歴史を辿る旅がしたい、そんな旅人たちを受けとめる懐の深さが井波にはある。

温かみあふれるチェックイン時間
「Bed and Craft」のチェックインは、本町通りにあるチェックイン・ラウンジで行う。手続きを済ませると、ウェルカムドリンクとともにコンシェルジュの白樫さんが井波のことを丁寧に教えてくれた。効率化を優先せず、一人ひとりと向き合うこのスタイルは、手仕事の文化が息づく木彫の町・井波にもよく似合う。チェックインを大切にすることでゲストとの関係が築かれ、暮らすように過ごす旅のはじまりにふさわしい時間として位置づけられているそうだ。
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一棟貸しの宿「RoKu」で一息
今回は「Bed and Craft」の7つある宿泊棟のひとつである“RoKu”に宿泊した。町の診療所だった建物が往時の重厚な面影を残しながらリノベーションされている。RoKuというネーミングには、6番目にできた施設、岩=ロック、緑色を音読みするリョク、などいろいろな意味が込められているのだそう。

■庭師・根岸新さんが手がけた“物語のような庭”
RoKuの魅力のひとつが、その庭だ。塀に囲まれたRoKuの敷地に入ると、みずみずしく輝く庭木や苔が目の前に広がり、まるで秘密の花園へのドアを開けたような気持ちになる。庭もRoKuの家もすべてプライベートで楽しむことができるのだ。

作庭家・根岸新さんが設計・作庭したRoKuの庭は、自然な植生を活かした庭造りとなっており、取材時(2026年7月初旬)は、アジサイやギボウシが花をつけ、蝶やトンボが庭先を飛び交っていた。さりげない噴水のそばには苔と季節の植物が茂り、通路には古い瓦があしらわれ、元の建物の歴史も感じることができる。

案内してくれたコンシェルジュの白樫さん曰く、「物語をほうふつさせるお庭」なのだそう。確かに眺めていると、どこか物語の中に迷い込んだような不思議な雰囲気があった。根岸さん手書きの庭の設計図は、ベッドサイドに額装されて飾られているので庭と見比べるとおもしろい。
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■石の意匠を感じられる内蔵造りの建物
宿泊するRoKuの玄関を開けると、広々とした玄関とキッチンがある。リビングルームは内蔵(うちぐら)造りになっており、建物の中にもう1つ建物があるという入れ子構造。一棟丸ごとを貸し切る贅沢な空間となっている。

RoKuの部屋には石を使った意匠が随所に見られる。リビングのテーブルは、厚みおよそ30センチの石でできており、表面には水の流れのような自然な模様が浮かんでいる。手で触れるとひんやりと重厚な感触が伝わってくる。
お風呂も石造りの湯船となっている。お風呂の小窓からは庭の緑がちらりと見え、心地よく入浴できる。



夕食は地元の食材をたっぷり味わうプランからセレクト
町そのものを味わう“まちやど”をコンセプトとする「Bed and Craft」では、食事も宿とは別の場所へ。今回夕食をいただいた燻製料理と創作イタリアン「nomi」は、町の工房から出る木くずを燻製用のチップとして利用。地元食材をふんだんに使った料理と、井波の木の香りをまとった燻製をいただける。視覚だけでなく嗅覚でも“木彫りの町”を味わえるお店だ。



nomi
住所:富山県南砺市本町3-41
営業時間:18時~22時30分(LO21時30分)
定休日:月曜、火曜
※コース料金は要確認
ほかにも、車でおよそ18分、桜ヶ池の畔にあるフレンチレストラン「ランソレイエ」では、ミシュラン・ガイド北陸2021特別版で1つ星とグリーンスターを獲得した本格的なフランス料理を味わえる。また、天ぷら専門店「井波 かすがい」で土地の恵みを味わう天ぷらと美酒のペアリングコースや、井波の会席料理店「旬菜 しふく」の会席コースを宿泊する部屋でいただくプランも。詳細は公式サイトで確認しよう。
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朝食は、大人気の焼きたてパンが宿に届く
翌朝は、井波へ移住してきて長いという大人気のお店「KUBOTA」のパンと、レストラン「nomi」で用意されたヘルシーな朝食が部屋に届けられた。パン皮はカリッと、中はもっちりおいしい。サラダと季節のフルーツに、コーヒーをゆっくり淹れてのんびり過ごす朝は格別だ。朝のトンボやかわいい小さなカエルが、窓越しに観察できる。

baker's house KUBOTA
住所:富山県南砺市山見1713
営業時間:火曜、土曜11時30分〜17時、金曜16時〜20時
定休日:月曜、水曜、木曜、日曜
職人に半日弟子入りができる!小皿作りにチャレンジ
「Bed and Craft」の魅力のひとつである、宿泊者のための特別プログラム「職人弟子入り体験」はぜひ参加したい。各体験の種類はWebサイトで事前にチェックできるので、興味のあるものは問い合わせておこう。
今回は木彫職人の仏師・石原さんの工房で、木の小皿作りに挑戦。石原さんは、仏像などを制作している木彫り職人で、自身の工房で弟子入り体験をさせてくれる。横には彫りかけの仏像や、粘土のプロトタイプが並び、その技術の高さに驚かされる。


石原さんから彫刻刀の持ち方、力の加減や彫る方向などを学ぶ。リズムに乗ってくると、だんだん木目の向きなどが見えてくる。つい彫りすぎて小皿に穴をあけてしまう人もちょくちょくいるのだそう。石原さんの丁寧な指導のもと、おしゃべりしつつも集中して、あっという間の2時間半が過ぎる。
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本物の職人さんとゆっくりものづくりをする、ほかでは味わえない最高に贅沢な時間だ。


職人弟子入り体験
所要時間:約2.5時間
料金:1万3000円~※要予約
予約方法:公式サイトから宿泊予約の際にオプション追加。外部サイトから予約の場合は、チェックイン日の10日前までにメールにて問い合わせ。
併設のアロマショップ「CANO」で、井波の香りをお土産に
「Bed and Craft」のレセプションのある建物の隣にはアロマショップ「CANO」が併設されており、井波の木材を使った香りのプロダクトが並ぶ。木彫の過程で生まれる端材や木くずを蒸留して作られたアロマオイルやディフューザーは、まさに「井波の香りを持ち帰る」ためのアイテム。レセプションにただよっていたさわやかな香りを気に入り購入した。旅から帰ったあとも、香りを嗅ぐたびに井波の記憶がふっとよみがえってくれそうだ。


旅と香りの研究所 CANO
住所:富山県南砺市本町3-42(Bed and Craft併設)
時間:ワークショップ10時〜12時、ショールーム13時〜17時※完全予約制
木彫りの香りに包まれる「八日町通り」を散歩
「Bed and Craft」周辺の観光スポットにも注目したい。「Bed and Craft」から歩いて5分ほどの距離にある井波の町の中心地、「八日町通り」には井波彫刻の工房が数多く並ぶ。美しい石畳の通りに一歩足を踏み入れると、コンコンとノミの音が聞こえてくる。音をたどって歩いていくと、大きなガラス窓の向こうで木彫職人さんが黙々と作業している姿。工房を見学したり、ギャラリーに立ち寄ったりしながら、井波ならではの町歩きを楽しみたい。
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店先の看板や電話ボックス、バス停までが木彫りで彩られ、町全体が“木の彫刻美術館”と呼ばれるのも納得だ。八日町通りでは、職人たちの遊び心から生まれた愛嬌たっぷりの木彫り猫探しも楽しめる。酒屋の軒先で徳利から酒を注ぐ猫や、ベンチで丸くなっている本物と見間違えるサイズの猫など、思わず笑みがこぼれる作品があちこちに隠れている。数十匹いるという木彫り猫を探しながら歩けば、井波散策がさらに楽しくなる。

井波木彫の原点「瑞泉寺」で圧巻の彫刻を見る
日本有数の木彫りの町・井波。その原点となるお寺が八日町通りをまっすぐ進んだ先にある真宗大谷派井波別院瑞泉寺だ。木造建築の寺院としては北陸最大級とされている。1390年に建立、兵火や火事により何度か建て直されたのち、現在の本堂は1885年に再建されたもの。井波彫刻の粋を集めた大伽藍太子堂は、こちらも1918年に再建された。太子堂の天井の手挟彫刻(たばさみちょうこく)は、篭のように中心を空洞にして彫る「篭彫り(かごぼり)」という高度な技法で、鳳凰と龍が彫られている必見の作品だ。

この瑞泉寺の建造に携わった彫刻師たちが技を磨き、その技術を約250年受け継いできたのが、今の井波木彫の礎になっている。細部まで幾層にも彫り込まれた木の質感・最高の技術が所狭しとひしめき合っており、見飽きることのない場所になっている。
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井波別院 瑞泉寺
住所:富山県南砺市井波3050
拝観時間:9時~16時30分
参拝志:一般(高校生以上)500円、団体(20名以上)大人450円
休館日:なし(要確認)
「Bed and Craft」について教えてもらう
宿泊施設という枠を超え、工芸の町・井波を未来へつなぐプロジェクトである、「Bed and Craft」を立ち上げた建築家・山川智嗣さんに話を聞いた。もともと、上海の建築事務所で働いていた山川さんは、富山市出身の建築家として、かねがね興味のあった井波へ移住。そこで構想を練り、自身の住んでいた民家の2階を改装し「TATEGU-YA」として宿泊施設をスタートさせたのが2016年のこと。それが今の「Bed and Craft」へとつながっていく。

井波の町に点在する空き家となっていた民家や商店に着目。地元の職人、工務店と協力してリノベーションを進め、現在のショップやレストランを含む11棟の個性的な建物に生まれ変わらせた。その内、宿泊棟は7棟。どれも泊まってみたくなる魅力が詰まった造りになっているので、「Bed and Craft」のWebサイトでぜひチェックしてみてほしい。
■町全体を味わってもらうために“半日弟子入り体験”も
山川さんは建築家として、井波に住む木彫や漆芸の職人とも関わりが深いため、宿泊客もその輪に入れるよう考え、職人に半日弟子入りできる体験を用意した。この収入も地域経済に還元される。目指しているのは、従来型の“ホテルの中で過ごす”旅ではなく、町そのものを味わう旅。山川さんは「“Bed and Craftに行った”という感想ではなく、井波まるごとの印象を持ち帰ってほしいんです」と語ってくれた。
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「Bed and Craft」の開業以降、井波では新たに事業を始める人も増え、コーヒー焙煎所やクラフトビール醸造所、ベーカリー、アロマ蒸留所、飲食店、新たな宿泊施設など、7年間で40以上の新規事業が誕生。さまざまな事業者が互いにつながりながら、町全体を活性化させている。

実は2泊するのがおすすめ
井波の町を歩き、伝統の手仕事に触れ、地元の食材を味わい、職人の技を感じる宿でゆっくり静かに眠る。振り返ってみると、この旅で出合ったものすべてが「井波」という町そのものだった。
この仕掛けを作った「Bed and Craft」のおすすめは、2泊して井波に染まることなのだそう。今回1泊しかできなかったので次回は2泊しようと考えていると、井波にはリピーターが多く訪れるのだと教えてもらい、深く納得した。
宿はあくまで町への入り口であり、主役は地域そのもの。泊まることがそのまま職人の仕事を支え、町の新しい担い手を呼び込む——そんな循環がこの町には静かに息づいている。木彫りの音と木の香りに包まれる井波での過ごし方、ぜひ体験してみてほしい。

Bed and Craft
住所:富山県南砺市本町3-41(BnC LOUNGE)
電話:0763-77-4138
アクセス:(東京から)北陸新幹線で金沢駅まで約2時間半。1日6往復するバスに乗り換えてバス停「交通広場」まで約75分。降車後徒歩約5分でチェックインラウンジに到着
取材・文=レックス 稲村恵
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※20歳未満の者の飲酒は法律で禁じられています。
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