2026年7月6日〜9日に開催された、世界各国の宇宙ビジネスリーダーが集うカンファレンス「SPACETIDE 2026」。通算11回目を迎える本イベントのなかでも、ひと際熱気を帯びていたのが、今年2026年に19年間の連載に幕を下ろした漫画『宇宙兄弟』の特別トークセッション「宇宙の魅力はどれほど次の世代に届いたか?──「宇宙兄弟」が宇宙産業に与えたインパクト」だ。登壇したのは、原作者の小山宙哉さん、監修を務めた宇宙エンジニアの山方健士さん、そして日本人宇宙飛行士の若田光一さん。

「オリオン宇宙船」や「有人与圧ローバー」など、現実の月面探査プロジェクトを次々と先取りし、“予言書”とも呼ばれた同作。本セッションでは、その驚くべき先見性の裏側にあった緻密な構想プロセスや、日々人が月面に降り立った際の第一声「イェーイ!」に込められた真意、そして「コムノート(民間宇宙飛行士)」という時代の先を行くアイデアの誕生秘話が次々と明かされた。
フィクションと現実の宇宙開発はいかにして交差してきたのか。シャロン博士の語る「金ピカなこと」を胸に、作品が宇宙産業の次世代に遺した確かなインパクトについて、当事者たちが語り尽くした熱狂の様子をレポートする。
作者・小山先生と山方さんの出会い。そして『宇宙兄弟』の始まりと終わり
「連載開始から19年。ついに最終回を迎えました。小山さん、お疲れ様でした!」
司会を務める宇宙キャスターの榎本麗美さんの呼びかけに、会場中が温かい拍手で包まれる。そうして、和やかな雰囲気のなかトークセッションが始まった。
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『宇宙兄弟』の記念すべき第一歩は、原作者の小山宙哉さんと、監修を務めた宇宙エンジニアの山方健士さんの、運命的な出会いからスタートしていた。連載が始まる前、初めてJAXAへ取材に訪れた小山さんは、山方さんから閉鎖環境試験の生々しい実態や、月の砂(レゴリス)を吸い込むと花粉症のようになってしまうといった、現場ならではの宇宙の日常を教えてもらったそう。
「帰り道、担当編集と2人で『山方さん、本当に宇宙飛行士になれそうだね』なんて話したのを、今でもよく覚えている。どんな質問をしても驚くほど詳しく返してくれて、本当にすごい人だな、と心から感動した」と、小山さんは当時を振り返り、笑顔を見せていた。
そして、山方さんもまた、当時の出会いにおける高揚感を言葉にした。
「小山さんにどんな設定なのかお聞きしたとき、『10年、15年先の、遠すぎない近未来を描いていきたい』とおっしゃった。人がもう一度月に行って、月面基地を作る。そんな世界が描けたらどんなにおもしろいだろうと、その場ですぐにワクワクが重なり合った」
さらに、本作に深く関わることになる宇宙飛行士(現Axiom Space)の若田光一さんも、2014年のイベント共演以来、小山さんの情熱に巻き込まれていった1人だ。若田さんは、小山さんが持つ不思議な魅力についてこう表現する。
「宇宙関係をはじめとして、たくさんのプロたちが『小山さんのストーリーのためなら何でも協力したい!』と、熱い思いを持って集まってきた。人を惹き付ける力や情熱が小山さんの最大の魅力で、自分もすっかり惹かれてしまった1人だ。小山さんには人を引き寄せる、まるで『魔力』のような力があるのだと思う」
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小山さんは「若田さんがISS(国際宇宙ステーション)のパソコンに『宇宙兄弟』の絵を映した写真を送ってくれたとき、本当に作品が宇宙に行ったんだと、感激した」と返し、お互いに笑顔を見せていた。
19年という長い旅路を終えた心境について、榎本さんから「やっぱりホッとしたのか、それともさびしさが勝っているのか」と尋ねられた小山さんは、少し照れくさそうに、「最後のほうは、終わらせることが1つの夢のようになっていた。本当に終わるのだろうかという不安を抱えながらやっていたので、ようやく夢が叶えられた。今はただ、ホッとした気持ちがとても強い」と、安堵の表情を浮かべた。
小山さんが語ったその言葉には、ともに長い道を走り抜いた山方さんへの確かな信頼がにじんでいた。

『宇宙兄弟』が読者と宇宙産業に残した影響
司会の榎本さんが「会場の中で、『宇宙兄弟』をきっかけにこの業界に入ったという方はどれくらいいますか?」と問いかけると、客席のあちこちからうれしそうに手が挙がった。
そんな客席の様子を小山さんが見守るなか、山方さんが明かしたエピソードも印象深い。
「実は最終回を迎えるまで、自分が監修をしていたことを周りにほとんど言っていなかった。だからこそ、いろいろな場所で『宇宙兄弟を読んで宇宙が好きになりました』という声を直接、なんのフィルターもない素の状態で聞くことができた。それが、何よりもうれしかった」
『宇宙兄弟』のキャラクターたちが、読者にとってまるで実在する友達のように寄り添っていることについて、小山さんは漫画というメディアの役割をこう捉える。
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「僕自身、学生時代に読んだ『スラムダンク』にたくさん勇気をもらった。バスケットはできないけれど、脳の中にキャラクターが友達のようにいてくれて、自分の力になってくれる。実際にキャラクターと全く同じ(宇宙飛行士などの)職業にはならなくても、その考え方を自分の生き方に活かしたり、頭のなかで同じ体験ができるのが、漫画の持つ力だと思う」
なかでも多くの読者の胸に刻まれているのが、シャロン博士が幼い六太に贈った「あなたの心のなかに“金ピカなもの”があるはず。それを見つけなさい」という言葉だ。迷ったときに正しいかではなく「楽しいか」で選ぶという、この「金ピカ」という概念は、読者にとっての人生の羅針盤となっている。
自分の「金ピカ」を信じて一歩を踏み出し、本当に宇宙ビジネスの道へと進んだ若者たちが、今や現実の宇宙産業を支える頼もしいプレイヤーとしてこの会場に集っている。若田さんも「まさに『小山チルドレン』と呼ぶべき若い世代の人たちが、これからの宇宙産業を切り拓いている」と、作品が未来に遺したインパクトの大きさを語っていた。
探求心をくすぐる宇宙の魅力
セッションの中盤、話題は「なぜ私たちは、こんなにも宇宙に惹かれてしまうのだろう」というロマンあふれるテーマへと移っていった。
小山さんは「挑戦するもののなかで、最も難しいジャンル。その一方で、未知のものがまだまだたくさんあって、人間の想像力をはるかに超えた神秘をどんどん知りたい。そんな探究心が、いつも心地よく刺激される」とその胸中を打ち明けた。
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この言葉に山方さんも何度も深くうなずき、「思い切り共感している」と応じる。
「本当に同感。探査機で月に行っても、まだまだわからないことばかり。それをどのように探索していくのか、エンジニアにとっても宇宙はとても素晴らしいフィールド。1つずつ謎を解き明かしていくワクワク感は、たまらないものがある」
若田さんもまた、生身の人間が過酷な宇宙に挑む意味について、深く考えを巡らせていた。
「宇宙は、限りないクリエーションを与えてくれる創造の場所。新しいことを1つ知れば、そこから新しい疑問がまた生まれてくる。私たちが目で見たり観測できたりする物質は、宇宙全体のわずか5%だけで、残りの95%はダークマターやダークエネルギーという未知の世界。この不思議でちょっぴり怖い環境に、生身の人間が挑んで生き延び、営みを紡いでいく。そんな心の動きまで丁寧に描写してくれる小山さんのストーリーだからこそ、私たちはこんなにも魅了されるのだろう」

実際に過酷な環境を経験してきた当事者だからこその言葉に、小山さんも静かにうなずいた。
『宇宙兄弟』は予言書だった?名シーンを振り返る
「すごく驚いたのが、いろんなことが現実になっているということ。アルテミス計画で今まさに月を目指している『オリオン宇宙船』の名前が、2009年に発売された単行本6巻の時点で早くも作品に登場している」と、榎本さんも少し興奮気味に指摘。
そのほかにも、ISSの退役や月面天文台、さらにはJAXAのルナクルーザーにそっくりの有人与圧ローバーが月面を走っている描写など、現実が作品のあとを追うような現象がいくつも起きている。
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これに対し、山方さんはアルテミス計画の前身であるNASAの「コンステレーション計画」などを参考にしていたと明かす。
「当時、宇宙服を着て活動する宇宙飛行士の姿を見て、自分でも作ってみたいなと思っていた。せっかく月に行くなら、もっといろいろやったらおもしろいだろうと、宇宙服を使ってやることや、月面ローバーのアイデアを落書きしていた」
なかでも月面ローバーに関しては、アポロ計画時代の宇宙空間で宇宙服を着て走り回る非与圧式のものではなく、「もっと遠くに行くなら、与圧されたローバーのなかで移動して、その先で宇宙服を着て船外活動をすることになるだろう」と、より具体的なミッションを想定して構想していたという。
「自分が考えるならどんなものがいいだろう、と2007年ごろに描いていた絵が、小山さんの手によってビジュアル化され、今、現実のものとなっている。世の中が本物の開発を目にして、みんなと同じ『これ知ってる!』という感覚を共有できているのがとてもおもしろい」と、山方さんは舞台裏のプロセスを語ってくれた。
さらに、劇中の象徴的な名シーンを巡って、温かいエピソードが明かされていく。
まずは、日々人が月面に第一歩を刻んだ際、世界中が息をのんで見守るなかで放った一言「イェーイ!」について。小山さんは、「普通ならもっと真面目で立派な言葉を準備するはず。でも日々人というキャラクターの喜びを考えたときに、自然に出てくると考えたのが『イェーイ!』というフレーズだった。日々人ならお決まりのルールなんて忘れちゃって、無邪気に月面ではしゃぐ。そんな彼の素直な感情を何よりも大切に描いた」と当時を振り返った。
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これには、アームストロング船長から直接指導を受けた経験を持つ若田さんも、「宇宙飛行士はみんな、事前に何を言うか真剣に考えている。だけど、あの『イェーイ!』に勝る素晴らしいセリフは思いつかないな。私も宇宙へ行く前に小山さんに相談しておけばよかった(笑)。でも、どうやって自分の素直な気持ちを伝えて、次の世代を育てるかという点で、あのシンプルな一言はこれ以上ない究極の発信力だと思う」と笑顔で応じていた。
また、作中に登場する民間宇宙飛行士「コムノート(コマーシャルアストロノート)」のアイデアについても、開発現場のリアルな予測から生まれたものであるという。山方さんは、「宇宙開発や研究が進んでいくなかで、宇宙ステーションの設備保守などの時間をしっかり確保するとなった場合、それらを専門に担う民間宇宙飛行士が増えてくるはず、と当時から予想していた。アメリカの『アストロノート』、ロシアの『コスモノート』に対して、民間のコマーシャルアストロノートを略して『コムノート』と呼んだらおもしろいんじゃないかと小山さんとお話しした」と明かした。そんな他愛のない会話から、時代の先を行くキーワードが生まれたのだ。
現在、民間宇宙飛行士としてまさにその道を歩んでいる若田さんは「本当に世の中の10年、15年先を行っていた素晴らしい例。今や民間の有人飛行ミッションが急速に増えており、今後も政府と民間の宇宙飛行士が同じ『同志』として手を取り合う時代になる。その姿を、あの時点で的確に示唆していたのは見事としか言えない」と、その先見性に敬意を表した。
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宇宙兄弟が残した影響と、これから
セッションの終盤、話題は『宇宙兄弟』がこれからの未来に残したもの、それからこれからの展望へと向かっていった。
若田さんは次世代へ向け、「海外で学生向けに講演をした際も、『宇宙兄弟を読んで宇宙の道に決めました』という若者にたくさん会った。失敗を恐れて動けなくなるのではなく、失敗は成功のための大事なステップであり、最も大切なのはミッションをみんなで成功させること。それをこの作品から学んだ次の世代が、リアルな宇宙開発を前向きに進めてくれている」と期待。
一方の山方さんも、エンジニアたちへ「自分の元の目標である『宇宙を知らない人に宇宙を届けること』、そして『宇宙人材を増やすこと』が、この作品を通じて実現できた。もしエンジニアの皆さんが読み返すなら、作中のトラブルへの向き合い方やバックアップ体制など、同じ間違いを繰り返さないための実践的な『ヒドゥンメッセージ(隠された教訓)』を散りばめているので、そこを教科書としてぜひ深掘りしてほしい」と、アドバイスをくれた。
そして小山さんは、作品との出合いを振り返りながら未来への展望を口にした。
「僕の名前に『宙(そら)』という字が入っているのは実はただの偶然で、最初は宇宙に詳しかったわけではなかった。でも、取材を重ねていくなかで宇宙をどんどん好きになっていった。宇宙を知ることは、私たちが暮らす地球を知ること。宇宙兄弟の物語は終わったけれど、また新しい物語を描くとき、いつか宇宙の作品をもう一度描くのではないかと思っている。そのときはまた、お2人にご協力をお願いしたい」
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最後に、榎本さんから作中のシャロン博士の名言を引用し、「小山先生、すべてを書き終えた今のあなたにとって、最も『金ピカなこと』は何ですか?」という問いが投げかけられると、小山さんは、間を置かずにこう即答。
「連載中は漫画を描くことでしたが…今は終わったので、『休暇』だな、と。ゆっくりカフェに行ったり、本を読んだり。まずはそんな休息を満喫したい」
この人間味あふれる答えに、会場は大きな笑いと、温かい祝福の拍手に包まれた。19年間の大仕事を終えた小山さんだが、彼が創り出した情熱は次世代の開拓者たちへと受け継がれ、今も宇宙の未来を照らし続けている。

会場では「人工流れ星」に関するトークセッションも開催
小山さんのトークセッションの前には、株式会社ALEが挑戦している、世界初の人工流れ星の実現に向けたプロジェクトのトークセッションも開催された。人工流れ星は、地球から打ち上げた放出機が衛星軌道上で粒を放出し、その粒が地球の大気に到達する際に流れ星となるという計画で進められている。これまでALEが挑戦した人工流れ星は2回。いずれも人工衛星の打ち上げおよび軌道投入には成功したが、人工衛星に搭載した放出装置の動作不良により、流れ星の放出にはまだいたっていない。そんな難しいプロジェクトのなか、地上での真空実験など、多くのテストや装置の改良を通して2028年度に実施予定の3度目の挑戦に向けて、ALEは事業を進めているところだ。
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トークセッションには、ALEの人工流れ星プロジェクトに協賛している5社(auエネルギー&ライフ株式会社、タカラスタンダード株式会社、トラスコ中山株式会社、株式会社江口巖商店、株式会社PR TIMES)の担当者と、ALEの代表の岡島礼奈さんが登壇。「なぜ宇宙を選んだのか?非宇宙の企業が語る人工流れ星との事業協業」というタイトルで開催されたセッションでは、畑違いとも言える宇宙分野への協賛における社内調整の苦労話や、非宇宙企業だからこそ見出せる宇宙ビジネスの魅力について熱い議論が交わされた。各社の担当者からは、プロジェクトを通じて得られた社員のモチベーション向上や企業ブランディングへの効果に加え、異業種連携による新たなイノベーションの可能性など、多角的なメリットが紹介された。非宇宙企業が宇宙という壮大な挑戦に関わることで生み出されるシナジーや、未来への投資としての意義が、登壇者それぞれの実体験を交えながら語られ、会場は深い共感に包まれた。

宇宙はロマンのあふれる空間。今年ついに完結した『宇宙兄弟』が、46巻かけて紡いできた物語は、宇宙への興味関心の種を撒いてきた。宇宙には多くの人が興味を持ち、そこで交わり、これからも「人工流れ星」のようなチャレンジが続いていくことだろう。人類のフロンティアである宇宙産業がどのような広がりを見せていくのか、これからも要注目だ。
取材=平岡大和
文=平岡大和・北村康行
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