全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第109回は、和歌山県橋本市の「kamuro. coffee & scone」。本業の化学研究職の傍ら、独自に探求を続ける土屋瑞貴さんのコーヒーと、奥様・理央さんの手作りスコーンを販売するハイブリッドショップだ。「風味のインパクト重視」という多彩なコーヒーは、お客との会話を通して、好みにぴったりのテイストを提案。店先に広がるのどかな景色を眺めながら味わう、地元の旬果を使ったスコーンとの取合せは、また格別。いまや遠方にもファンを広げているここは、わざわざでも訪れたい一軒だ。
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Profile|土屋瑞貴 (つちや みずき)
1991年(平成3年)、和歌山県橋本市生まれ。大学卒業後、化学薬品会社に入社。仕事のかたわら、趣味としてコーヒーを淹れ始め、スペシャルティコーヒーとの出合いをきっかけに自家焙煎にも着手。2021年から「土屋珈琲研究室」として豆の販売やイベント出店を経て、2023年、妻の理央さんと共に「kamuro. coffee & scone」をオープン。
2度の衝撃体験でコーヒーの魅力に開眼

“天空の宗教都市”ともいわれる高野山のお膝元。紀ノ川の畔ののどかな集落にあって、週末だけ開店する「kamuro. coffee & scone」。年季を重ねた一軒家の扉を開けると一転、ビーカーやフラスコが並ぶカウンターで、白衣姿でコーヒーを淹れる様子は、さながら実験室の趣だ。「イベント出店の際、アイキャッチとして白衣を着始めて以来、店に立つ時の正装になっています(笑)」。そう話す土屋瑞貴さん、実は本業が化学薬品会社の研究員と聞けば、この出で立ちなのも、さもありなん。そもそもは、入社後に「何か趣味を作ろう」と、あれこれチャレンジしたなかで出合ったのがコーヒー。器具をそろえて自宅で淹れ始め、仕事の傍ら、まさに実験感覚でコーヒーの魅力を追求してきた。
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格好の趣味を見つけ、2、3年は自身で淹れたコーヒーに満足していた瑞貴さんだが、たまたま訪ねた和歌山県印南町のCoroCoro Coffeeで、さらなる醍醐味があることを知る。「この時、スペシャルティコーヒーを初めて体験したんですが、飲む前から立ち上る香りがすごい。香水かと思うくらいの、華やかなアロマの広がりに驚きました」と振り返る。従来の印象を覆す一杯に出合って以来、本格的にコーヒーにのめり込み、すぐに家庭用の小型焙煎機を購入。100グラムの少量で、ほぼ全自動のマシンだったが、それでも生豆や焙煎度の選択など、味作りの楽しみは格段に広がった。「自分の好みで言えば、コーヒーは香り重視。本業でも薬品の香りをかぎ分けたりすることから、香りには敏感かもしれません」という繊細な嗅覚に加え、熱反応や成分変化など化学の知識も生かされている。

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ただ、瑞貴さんの嗜好を決定づけたのは、本連載にも登場したThe Roastersの浅煎りコーヒーだった。「それまで深めの焙煎で飲むことが多かったのもありますが、この時のエチオピアの浅煎りは衝撃的でした。フルーティーな酸味に対して、イチゴやリンゴといった果物のイメージを抱いたのは初めてのことでした」。以来、自身の焙煎も浅煎りに傾倒、「店をするなら浅煎りメインに」と思わせるインパクトがあった。折しもコロナ禍真っ只中だったこのころ、同じく会社員だった奥様の理央さんは、自宅での焼菓子作りに熱中し、自作のスコーンの販売に挑戦したいとの思いを膨らませていた。「それならコーヒーと一緒に」と、2022年から2人でネットショップを立ち上げ、理央さんは「OKANYA SCONE」、瑞貴さんは「土屋珈琲研究室」として販売をスタートした。

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研究者ならではの焙煎へのアプローチ

とはいえ、ネットショップ開店当初は認知が思うように広まらなかったことから、知名度を上げようと各地のイベントにも積極的に出店。和歌山を中心に方々に参加したが、大きな転機となったのが、第3回のワカヤマコーヒーマーケットへの出店だった。「当時、新規参加の場合はコンペ方式で、新店だけを集めたマルシェで販売杯数の多い店が選ばれる仕組みでした。まだ出店経験が少ないなかで、存在感を打ち出すために、当時まだ珍しかったアイリオの焙煎機を持ち込み、お客の目を引くために白衣を着用。何とか予選突破して出店を果たしました。今の店の原型は、この時にできたものです」と振り返る。たびたびイベントに参加していると、“どこにお店があるんですか?”という問い合わせも増え、「実店舗があればブランド作りもしやすいと感じました」と手応えを得て、2023年、「kamuro. coffee & scone」をオープンした。
「kamuro. coffee & scone」はその名の通り、コーヒーとスコーンのショップが同居する、2in1のスタイル。焼きたてのスコーンが並ぶカウンターの横で、白衣の瑞貴さんがコーヒーの焙煎、抽出を行う、不思議な取合せがユニークだ。コーヒーは、シングルオリジンのみ、浅煎りを中心に5、6種をラインナップ。最新のプロセスを多くそろえ、風味の個性、インパクトを打ち出す。「決して来やすい立地ではないので、どれも印象に残るフレーバーをセレクトしています。ここでの体験をきっかけに、“別のものも飲みたい”“終売になると名残惜しい”と思ってもらえる味わいを目指してます」と瑞貴さん。
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生来の研究者気質ゆえ、焙煎のアプローチも理論的だ。ドラムの回転数、加熱温度、排気温度などパラメータも細かく設定し、組合せを試してデータを蓄積するのが基本だ。「先人の蓄積に乗っ取って検証するのがオーソドックスな方法。味の再現性を何より大事にしています」と、多彩なフレーバーと鮮やかな果実味をクリアに表現する。季節ごとに替わる豆を焼く時も、銘柄は違えどデータを元に豆のキャラクターを分類して対応。加えて、焙煎後の豆は、挽いた時の香りも味作りに占める部分が大きいという。
試行と検証を繰り返す焙煎のプロセスは、本業の研究開発にも通じるところがあるそうだ。「研究開発の現場はうまくいかないことの方が多いから、普段から失敗耐性が身についている(笑)。うまくいかない時もへこまず、検証を繰り返すことは当り前に思えるから、焙煎にも向いているかもしれません」というメンタルも強みの一つだ。
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小さな店から広がる“おいしい化学反応”

一方、理央さんが提案するスコーンも、コーヒーに負けず劣らずの個性派ぞろい。牛乳を使ったシンプルな生地で作る、一推しの英国式のプレーンスコーン、生クリームたっぷりでリッチな風味の発酵バターのクッキースコーンなど、生地の製法を変え素材に合わせた質感を提案する。中でも、和歌山県岩出市産の全粒粉スコーンは、幾重にも重ねた層が生み出す独特の食感が出色。製粉したてで小麦の風味も香ばしい、まさに生地を味わうオリジナルの一品だ。さらに、見定自然農園の無農薬いちご、くじら柑橘農園の減農薬レモンなど、地元農家から仕入れるフルーツを使ったメニューも楽しみの一つ。冬は柑橘、夏は桃、秋はイチヂク、ブドウ、柿…と、フルーツ王国・和歌山の四季折々の旬が味わえる。今では県内各地の出張販売も広がり、「ゆくゆくは小麦も自家栽培して作りたい」という理央さん。果実味あふれるコーヒーと、四季折々の果実のスコーンの相性のよさは言わずもがな。今後はペアリングにも力を入れたいという。

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現在も、研究員とロースター、二足の草鞋を履く瑞貴さん。仕事の内容に共通点も多いが、コーヒー店主にしかない醍醐味もあるという。「研究員の仕事は、お客さんと顔を合わさないけど、店ではコーヒーはすべて自分の手を経て、直接渡すことができます。お客さんとつながり、目の前で喜ぶ顔が見られるのが、何よりの大きな魅力です」。また、開店後は和歌山の同業者と焙煎の勉強会を始め、日々の交流も刺激になっている。「1人でやってると行き詰まってしまいがちですが、イベント出店を機に勉強会を続けて来て、参加者も増えてきたことで、地元のコーヒーシーンの盛り上がりを感じます」と瑞貴さん。2024年は他店とのつながりをより深めるべく、前回登場したSANDAEとのコラボイベントも開催。今後はスコーンにも使っている果物農家との連携も計画中だとか。さらに2024年から、理央さんの妹が手掛けるドーナツブランド・Don!も間借り出店。週末だけ開く小さなショップから広がる、おいしい化学反応を楽しみにしたい。

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土屋さんレコメンドのコーヒーショップは「茶豆」
次回、紹介するのは、和歌山市の「茶豆」。「店主の石井さんは、ワカヤマコーヒーマーケットで知り合い、地元の同業者とつながるきっかけをもらった人。イベント出店時代から来てくれて、同じ浅煎り好き、焙煎データ重視派ということで意気投合したことから、今も続く焙煎やカッピングの勉強会が始まりました。2年前からロースター巡りのイベントを企画するなど、和歌山のコーヒーシーンを盛り上げるキーマン的存在です」(土屋さん)
【kamuro. coffee & sconeのコーヒーデータ】
●焙煎機/アイリオ 1キロ(電熱式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(600円~)
●豆の販売/シングルオリジン5~6種、100グラム900円~
取材・文=田中慶一
撮影=直江泰治
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