
「うちの子に限って、そんなことはない」——そう信じていた親のもとに、ある日突然突きつけられる現実。実は娘が、いじめに加担していた。そんな事実を知らされたとき、親はどう向き合えばいいのだろうか。しろやぎ秋吾さん(@siroyagishugo)の漫画『娘がいじめをしていました』は、いじめた子・いじめられた子本人ではなく、その“親”の視点から物語が進んでいく。直接何が起きたのかを知らない保護者たちが、戸惑い、悩み、少しずつ現実と向き合っていく姿が静かに描かれている。今回は、第5話「そんな子に育てた覚えないわよ」までの試し読みとともに、作者・しろやぎさんに制作の背景を聞いた。
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「まさか、うちの子が…」その動揺から始まる物語



本作の特徴は、いじめの加害・被害そのものを直接描かない点にある。描かれるのは、事実を断片的に知らされる親の視点だ。「本当にうちの子が?」「何かの間違いでは?」と揺れる気持ちは、多くの親にとって他人事ではない。
しろやぎさん自身も、小学生の子どもを持つ親の一人だ。「自分の子が加害者になる可能性も、被害者になる可能性も、どちらもあり得る」。そんな実感がこの物語の土台になっている。
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実話ではないからこそ、“感情”をリアルに
本作はフィクションだが、登場人物の感情は極めて現実的だ。制作にあたり、しろやぎさんは家族や編集者と何度もネームを見直し、細かな心の揺れを丁寧に描くことを意識したという。また、SNSで寄せられた数多くの体験談にも目を通し、それらを直接使うのではなく「親の感情を理解するための材料」として作品に反映している。
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何が起きたのかをあえて“描かない”理由とは
作中では、いじめの具体的な内容は最後まで明かされない。加害者が何をしたのか、被害者が何をされたのか——それを断定しないことで、読者自身も親と同じ立場で考え続ける構造になっている。「普通の家庭」で起きた出来事として描くことで、「特別な話」ではなく「起こり得る話」として受け取れる点も、本作の大きな特徴だ。
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正解は描かれない。それでも考え続けるために
この漫画は、明確な答えを提示しない。だからこそ、読み終えたあとも「もし自分だったらどうするだろう」と考えが止まらない。いじめに向き合う親の姿を通して、子どもとの関係、信じることの難しさ、そして親自身の覚悟を問いかけてくる一作だ。
取材協力:しろやぎ秋吾
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