『サガ』シリーズや『パズル&ドラゴンズ』など、数々の名作ゲームの音楽を手がけてきた作曲家・伊藤賢治さん。そして、『グランブルーファンタジー』の音楽を担い、自身のバンド「Stella Magna」でも活躍する成田勤さん。日本のゲーム音楽シーンを牽引してきたふたりが、2019年以来6年ぶりとなるライブイベント『FACE to FACE “Returns” -Kenji Ito & Stella Magna-』で再び激突する。

今回は、この注目の“対バン”を前に、ふたりにスペシャルインタビューを実施。イベント開催のきっかけとなった意外な出会いから、6年間の互いの進化、そしてクリエイターとして見つめるゲーム音楽の現在地まで、熱く語ってもらった。単なる「共演」ではない、互いに「しのぎを削る」と語るステージへの想い、そして長年のキャリアを通じて得た独自の音楽哲学とは。ふたりの巨匠の言葉から、ゲーム音楽の過去、現在、そして未来が見えてくる。
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ゲーム音楽界のふたりの巨匠、それぞれの現在地
――本日はよろしくお願いいたします。まずはおふたりの現在の活動についてあらためてお聞かせください。
【伊藤賢治】よろしくお願いします。今はゲーム音楽の制作をメインに、レコーディングやプロデュースなども含めて活動しています。最近では声優さんの歌ものであったり、自身のコンサートも増えてきました。おかげさまで作曲家生活35周年を迎え、忙しくさせていただいています。
【成田勤】よろしくお願いします。僕はCygamesさんの『グランブルーファンタジー』の音楽を担当しつつ、格闘ゲームやアクションRPGといったコンシューマー向けのスピンオフ作品の音楽も手がけています。その流れの中で「Stella Magna」というバンドを結成し、バンド活動も行っています。
15年来の縁が生んだ奇跡の対バン。そのルーツと“再生”への想い

――今回11月8日に開催される『FACE to FACE “Returns” -Kenji Ito & Stella Magna-』は、2019年に開催された『FACE to FACE vol.1 〜Kenji Ito & Stella Magna〜』が再び…となりますが、そもそもこのイベントはどのような経緯で始まったのでしょうか?
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【伊藤賢治】もともと僕からの発案だったんです。自分と同じようにゲーム音楽の世界で活動している人と一緒に何かできないかと考えている中で、ありそうでなかった企画だなと。第一線で活躍されているアーティストの方と一緒にライブをすることで、また違うケミストリーが生まれるんじゃないかと思ったんです。その時に真っ先にイメージに浮かんだのが、成田くんと彼のバンド「Stella Magna」でした。
――おふたりはもともと面識はあったのでしょうか?出会いはいつ頃だったのですか?
【伊藤賢治】植松さん(植松伸夫さん・ファイナルファンタジーシリーズの作曲家)がプロデュースしたイベントに私が出演していて、そこで初めて会ったんだよね。もう15年くらい前かな。
【成田勤】それくらいになりますね。そもそも僕がゲーム音楽の道を歩み始めたのは、『ファイナルファンタジー』シリーズの植松伸夫さんに拾っていただいたのがきっかけで。その植松さん主催のイベントで初めて伊藤さんとお会いして以来、お仕事だけでなくいろいろな相談に乗っていただいたり、ずっとお世話になっている方なんです。
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――Stella Magnaの結成にも、伊藤さんが関わっているとか。
【成田勤】まさにそうなんです。Stella Magnaのメンバーを考えていた時に、伊藤さんのライブを拝見したのが大きなきっかけになりました。いろいろな過程を経て結果的に、その時の伊藤さんのサポートをしていたメンバーがほぼ全員Stella Magnaに所属するということになって(笑)。さすがにその時は伊藤さんに「大丈夫ですか!?」ってお伺いを立てましたけど。だからこのバンドは、伊藤さんや『グラブル』のディレクター、先輩の作曲家など、たくさんの“生みの親”がいるんです。そういったご縁もあって、伊藤さんからお話をいただいた時は本当にうれしかったですね。
――そこから6年の時を経て、今回『Returns』として復活するわけですね。
【伊藤賢治】2019年のイベントの後、コロナ禍でライブ活動もなかなかできなくなってしまって。少し落ち着いて、また何かやりたいなとふと思った時に、やっぱり成田くんたちとのコラボが思い浮かんだんです。だったら「Returns」と銘打って、もう一度“再生”みたいな意味も込めてやってみるのもおもしろいんじゃないかな、と。それが今回のスタートですね。
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「仲良し50%」「VS 50%」音楽でしのぎを削る“対バン”への熱い想い

――今回のイベントは「伊藤賢治 VS Stella Magna」という“対バン形式”が明確に打ち出されていますね。
【伊藤賢治】そうなんです。僕の中でのこのイベントの理想は、「仲良し100%」じゃないんですよ。「仲良し50%、VS 50%」。お互いに音楽でしのぎを削って、よりよいものを作ろうという場にしたくて。「Stella Magnaがこんな風に来るなら、自分も負けてられないぞ」っていう、そういう化学反応を期待しています。
【成田勤】伊藤さんがそういう場を作ってくださるなら、僕らも全力でお応えしたいと思っています。Stella Magnaもこの6年間、コロナ禍で活動が止まった時期もありましたが、スピンオフ作品などを通じてバンドとして成長してきた部分があると思います。そういった進化をお見せできればうれしいですね。
【伊藤賢治】特に期待してるのが、バイオリンの(伊藤)友馬くん。2019年の頃はまだパフォーマンスに少し硬さがあって、クラシック出身ということもあり、ロックな表現にうずうずしているように見えたんです。でも最近のステージを見るとすごくかっこよくなってる。だから今回、もし直立不動で演奏するようなことがあったら…許さんぞ!と(笑)。6年分の思いをぶつけて、暴れてほしいですね。
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――イベント内容のことも少しお聞きできれば。毎回セットリストを組むのは大変だと思いますが、定番曲と新しい曲のバランスはどう考えていますか?
【伊藤賢治】これが本当に難しいんですよね。そのコンサートが初めてで、これっきりかもしれないというお客さんもいる。そういう方を思うと、やっぱり人気の定番曲は外せない。でも、ずっと応援してくれている方には新しいものを見せたい。毎回悩みます。違うフレーズを入れてアレンジしてみたら、「いや、そうじゃない」って言われたりもしますし(笑)。
【成田勤】そうなんですよね(笑)。特にゲーム音楽は、プレイヤーの記憶や体験と密接に結びついていますから。定番曲を求める気持ちも、マンネリを避けたいという気持ちも、両方ある。そこのバランス感覚は常に意識していますね。
ゲーム音楽の文化と変化~激動のシーンを巨匠はどう見るか~
――おふたりは長年この業界の第一線で活躍されていますが、ゲームの遊び方もプラットフォームもめまぐるしく変化している業界だと思います。そんな中“ゲーム音楽”を取り巻く環境にも変化は感じますか?
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【伊藤賢治】ものすごく感じますね。例えば、若いプロデューサーと仕事をすると、僕らが聞いてきた音楽と彼らが聞いてきた音楽の間にカルチャーギャップがあるんです。「坂本龍一は知っていてもYMOは知らない」みたいな。だから、音楽のイメージを言語化して伝えるのが非常に難しくなっている。
【成田勤】技術的な変化も大きいですよね。昔はMIDIデータで、ゲーム機側の音源を鳴らす手法が主でしたが、今は作った音源そのものをそのまま再生することができる。加えて現在では、シーンに合わせて曲をシームレスにつないだり、メロディーを抜いたアレンジに切り替えたりと、やれることが格段に増えました。その分、考えることも増えましたが、表現の幅は大きく広がりました。
――音楽の“聴かれ方”自体も大きく変わりました。
【伊藤賢治】まさに。TikTokなどの影響もあるかと思いますが、イントロを短くしてすぐにサビ、という構成が求められる。1曲の中でストーリーをじっくり聞かせる、アルバムを通してコンセプトを伝える、という聞き方が少なくなっているのは感じます。
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【成田勤】そうなんですよね。僕もアルバムは通しで聞きたいタイプなので、その文化の変化にはなかなかついていけてないかもしれない(笑)。でも、ゲーム音楽である以上、ゲームとどう解け合うかが一番大事だと思っています。キャッチーで、メロディーが心に残る。自分が子どもの頃に憧れたそういう音楽を、今の時代にどうフィットさせていくかを常に考えていますね。
――伊藤さんが手掛けた「ロマンシング・サガ」シリーズなどは大人世代の多くの心に残っていると思います。ゲーム音楽の“ヒットの法則”のようなものはあるのでしょうか?
【成田勤】身も蓋もない話ですが、まず「ゲーム自体がヒットするか」が大前提にあると思います。楽曲の完成度ももちろんですが、ゲームを通してプレイヤーのみなさんに知ってもらえるかが非常に大きいと思いますので。本当に鶏と卵の話ですが。
――一方で、『サガ』や『FF』のように、音楽の力が作品を大ヒットに導いた側面もあるように感じます。
【成田勤】それは間違いなくあると思います。最終的には、ゲームとして伝えたいことと、音楽として伝えたいことの方向性が噛み合った時、それがユーザーさんに届いて初めて、【記憶に残るもの】になるんでしょうね。
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【伊藤賢治】結局、どこに向けるかですよね。全世代なのか、若者なのか、男性なのか、女性なのか。僕らがやっていたファミコン時代は全世代向けでしたが、今はターゲットが細分化されている。RPGをじっくり遊ぶ時間がない人が増え、手軽なパーティーゲームが流行る。その多様性の中で、それぞれのターゲットに最適な音楽を届けていく必要があると感じています。
「待ってちゃダメなんだ」クリエイターとしての矜持と今後の活動
――ゲーム音楽は、作曲家の名前よりも作品や楽曲そのものが一人歩きすることがあると思います。そういった状況にもどかしさを感じたことはありますか?
【伊藤賢治】フリーになった当初はありましたね。『サガ』は知っていても伊藤賢治は知らない、逆に『パズドラ』は知っていても『サガ』は知らない、というようにファン層が極端に分かれていて。この間を埋めるには、自分が前に出るしかないと思ったんです。音楽だけじゃなく、喋りが立つならそれも武器にして、いろんなイベントに出て自分の存在を知ってもらい、こういう音楽を作ってきたんですよ、とアピールする。「待ってちゃダメなんだ」と。そういう草の根運動を何十年と続けてきて、ようやく少しずつ花が開いてきたかなという実感があります。
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――最後に、今後の活動について告知があればお願いします。
【伊藤賢治】来年、作曲家生活35周年を記念して、5時間にも及ぶライブをやります。2月21日に大宮ソニックシティで、僕のスペシャルバンドと、サガの公式バンド「DESTINY 8」の2バンドが出演する、フェスに近い形になります。「どうせ3時間喋るんだろ」なんて言われてますが(笑)、出し尽くすつもりなので、ぜひ遊びに来てください。
【成田勤】僕は今、表立って告知できるものはないのですが、制作やイベントなど、いろいろ水面下で動いています。個人としても、バンドとしても、今後の発表を楽しみにしていていただければと思います。
――貴重なお話をありがとうございました!11月8日の『FACE to FACE “Returns” -Kenji Ito & Stella Magna-』、楽しみにしています。

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