静かに眺めてもいいし、話しながらでもいい。写真を撮っても、寝転んでも大丈夫。そんな“自由な鑑賞スタイル”が広がるのが、神奈川県主催の「第2回 かながわともいきアート展~生きること、表現すること~」。

会場の横浜赤レンガ倉庫1号館2階スペースは、来場者がそれぞれのペースで作品と向き合い、誰もが安心して自分らしくアートに触れられる空間になっていた。今回は、開催前日に開催された報道内覧会の中津川浩章ディレクターの解説ツアーに参加してきた。そこで、作品について紹介してもらったので、その模様をお届けする。
ともいきアート展とは
「ともいきアート展」は、神奈川県が掲げる“ともに生きる社会かながわ憲章”の理念をもとに、障がいのある人もない人も、ともにアートを通して生きる喜びや表現する楽しさを感じ合うことを目的に開催されている展覧会。「ともいき」という言葉には、誰もが互いを尊重しながら共に暮らす社会を目指すという思いが込められている。本展では、障がいのある人々の作品を“特別なもの”として扱うのではなく、ひとりのアーティストとして紹介し、作品に込められた個性や感性を観る人が自然に受け取れる場づくりを目指している。
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“ともにいきる”を感じるアートたち
障がいのある作家たちが表現することに費やすエネルギーのすさまじさには驚かされる。制作に向かうときの非常な集中力、緻密さ、細部へのこだわり、色彩感覚、空間構成。まさに圧倒的な熱量が作品の中に注がれている。中津川浩章ディレクターは「『表現』に向かうそのエネルギーはどこから来るのでしょう。ネガティブさ、自由さ、弱さ、傷つきやすさといったフラジリティな要素は、表現が生まれてくるためのとても重要なエレメントです。言葉にできない内なる思いが強く大きいほど、表現はより強度を増し、豊かになるとも言えます」と語っている。さらに、「障がい者作品は、背景を知ることで初めて作品の意味や思いが見えてくる。コンセプトではなく、作り手一人ひとりの物語を知ることが、作品を深く理解する手がかりになる」とも話してくれた。飾らない線や、あふれる色彩。そのすべてが、いまを生きる人の姿そのものだ。

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そして本展では、一般公募によって集まった作品を展示する「公募展」と、県内の障がい福祉サービス事業所など9施設が参加する「招待施設展」の2部構成で展開される。

公募展では、今年は657点の応募作品の中から137点が展示され、458点の応募があった昨年の第1回と比べてスケールアップしている。個人の作家による自由で多彩な表現が並び、思いがけない発想や独自の色づかいに出会える。招待展示も含め、年々規模と熱量が増していることが伝わってくる。一方の招待施設展では、県内9つの障がい福祉サービス事業所を招き、それぞれの代表的な作品を展示。地域や日常の中で育まれた作品が多く、温かさや連帯感が感じられる。作品同士のつながりや制作現場の背景を想像しながら見るのも楽しい。

中津川さんは「招待施設展では、施設のカラーが本当によく出ています。施設ごとに個性が際立ち、作家さんの表現がそのまま施設全体の雰囲気をつくっているんです」と語る。各施設が大切にしている価値観や制作環境が、作品のトーンやリズムに表れており、ひとつとして同じ展示はない。見比べることで、地域ごとの違いだけでなく、表現が育まれる環境の豊かさにも気づかされる。
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それぞれの展示が異なる魅力を放ち、“ともいき”というテーマを立体的に感じさせてくれる。
来場者が選ぶ“オーディエンス賞”
公募展では、来場者の投票によって選ばれる「オーディエンス賞」も実施。お気に入りの作品に一票を入れることで、鑑賞するだけでなく、アートを“応援する”楽しさも体験できる仕組みだ。誰のどんな作品が来場者の心を動かしたのか、その結果も注目を集めそうだ。展示を見終えた後にもう一度作品を振り返りながら投票する人の姿も多く、来場者それぞれの感性がこの展覧会をさらに豊かにしている。

投票期間は会期中の11月1日(土)から6日(木)までで、会場内の特設コーナーから誰でも参加できる。結果発表は11月8日(土)の表彰式で行われる予定だ。
審査委員が語る“審査委員特別賞”の視点
内覧会では、審査委員3名が「審査委員特別賞」に選んだ作品について、それぞれの視点からコメントを寄せた。
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審査委員特別賞

美術家/アートディレクター・表現活動研究所ラスコー代表の中津川浩章さんのコメント「『文字ワールドⅡ』という作品は、僕が選ばせていただいた作品です。本当にさまざまな文字、記号、ハングル文字、数字、イラストレーションがあって。作家さんの頭の中の世界が全部ここに反映されているようで、美術的な風景とか人物ではなく、何でもありの状態でばーっと一堂に介している。その中に、この人の個性や生活、細かいところまでもが絵を通して訴えかけてくるような作品になっています」

現代美術作家の吉田有紀さんのコメント「すごく豊かな感性で、見ていて楽しくなる作品がいっぱいあって、そこから一つ選ぶのは本当に難しかったです。最終的に『あお』という作品に決めた理由は、何かを“描く”のではなく、自分が選び抜いた青をただひたすら塗り重ねて制作していること。『何も描かなくても作品になる』ということが、この機会を通して見る方にも伝わるといいなと思いました。アートは“行為”そのものが作品に完結するという考え方もありますし、それをしっかり体現している作品です」
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平塚市美術館特別館長の加藤弘子さんのコメント「この『顔』という作品を選ばせていただいたのは、脳出血による障がいで体の自由が一部効かなくなった方が、この絵を通して自分なりの人生を取り戻していくような物語を感じたからです。それだけでなく、迷いのない一本の線でこれだけ豊かな表情を描けるというのは技術的にも非常に洗練されています。描かれた人物がここに来たら『あの人ね』とすぐにわかるでしょう。特徴を捉える巧みさ、技術の素晴らしさ、そして芸術の持つ力を感じさせてくれる作品でした」
準大賞・大賞 受賞作品の魅力
内覧会では「審査委員特別賞」に加えて、「準大賞」と「大賞」受賞作品についても審査委員が解説を行った。
準大賞『家のトイレ』

中津川浩章さんのコメント「この作品はなんと、昭和のトイレを作った作品です。それもトイレだけじゃなくて、昭和のトイレの佇まいを見事に再現していて、実際にドアやフタが開いたりもするんですね。スリッパも並んでいて。トイレに対する思いがたぶんこもっているんじゃないかと思いました。準大賞を決める際には、『トイレを選んでいいのか?』という議論もありましたが、それだけ審査員の対話が盛り上がるほど魅力的だった。謎や問いかけが多く、アート作品って答えではなく“問い”なんですよね。日常にあるトイレを題材にしながら、なぜこれを作りたいと思ったのか?そこに惹きつけられる。完成度の高さとその“謎の力”を評価して、準大賞に選出しました」
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大賞『ライオン』

加藤弘子さんのコメント「ほぼ審査員全員一致でこの作品が選ばれました。もちろん悩みましたが、最終的にこの線の多様さ、集中力を感じさせる細やかさ、そしてライオンの顔の迫力が画面に同時に存在していることに驚きました。写真で見るより実物はずっと小さくて、そこにエネルギーがぎゅっと詰まっているんです」
吉田有紀さんのコメント「この作品、本当に素晴らしいです。密度のある部分と余白のバランス、見せたいところをしっかりコントロールしていて、それがすごくシンプルに表現されている。シンプルな素材でありながらデザイン的で豊か。Tシャツにしても欲しいくらいの魅力がある作品でした」

中津川浩章さんのコメント「今回の大賞は“ライオン”。昨年もモノクロで線描の写実的な作品が受賞していて、『同じ傾向になっていいのか』と問われましたが、それを超える力がありました。建前を超えて、純粋に“魅力的な作品を選ぶ”という審査員の使命に立ち返った結果です。近づいて見るほど、この作品のエネルギーが伝わってくると思います」
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描いて、作って、楽しむ。体験イベントも盛りだくさん
会期中は、ライブペインティングやマステアート、ブローチや缶バッジづくりなど、参加型のワークショップが多数行われる。「見る」だけではなく、「一緒に作る」ことでアートがぐっと身近に感じられる時間になる。会場の一角にはビーズクッションが置かれたリラックススペースもあり、作品を眺めながらゆったり過ごす人の姿も。友達と感想を語り合う人、静かに絵に見入る人、それぞれの過ごし方が自然に混ざり合う。笑い声や筆の音が響き、気づけば誰もが“表現する人”になっているような空気に包まれる。

さらに、会場内のグッズコーナーには、出展アーティストの作品をもとにしたバッグやアクセサリー、焼き菓子などが並ぶ。アートを身近に感じながら、日常にも少しだけ色を持ち帰れるのがうれしい。
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アートは“特別”じゃない、“あたりまえ”にあるもの
この展覧会が伝えるのは、才能の有無ではなく「生きることそのものが表現になる」というメッセージだ。言葉にならない思いも、形にできない感情も、作品を通じてしっかりと息づいている。アートは特別な人だけのものではない。誰の中にもある小さな表現の芽を見つけるきっかけをくれる場所。中津川浩章ディレクターは「奇跡のような“表現”が存在する。それは不思議でもあり、必然のことなのかもしれません」と語っている。その言葉のとおり、会場には“生きることそのもの”の輝きが静かに満ちている。赤レンガ倉庫の空気を感じながら、自由に、気の向くままにアートと過ごす時間を楽しみに出かけてみよう。
取材・文 ・撮影=北村康行
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