2025年8月29日より全国公開された『海辺へ行く道』は、『ウルトラミラクルラブストーリー』『俳優 亀岡拓次』『いとみち』などを世に送り出した横浜聡子監督が、知る人ぞ知る孤高の漫画家・三好銀さんの晩年の傑作『海辺へ行く道』シリーズを映画化した作品。公開前に試写で観た本作の感想を紹介(以下、ネタバレを含みます)。

【ストーリー】
アーティスト移住支援をうたう、とある海辺の街。そこでのんきに暮らす14歳の美術部員・奏介(原田琥之佑)とその仲間たちは、夏休みにもかかわらず演劇部に依頼された絵を描いたり、新聞部の取材を手伝ったりと毎日忙しい。
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街には何やらあやしげな“アーティスト”たちがウロウロ。そんな中、奏介たちにちょっと不思議な依頼が次々に飛び込んでくる。
ものづくりに夢中で自由奔放な子どもたちと、秘密と嘘ばかりの大人たち。果てなき想像力が乱反射する海辺で、すべての登場人物が愛おしく、優しさとユーモアに満ちた、ちょっとおかしな人生讃歌。

子どもたちの伸び伸びとした姿と「ちょっぴり変な大人」を演じる豪華キャストたちの芝居に引き込まれる
主演を務めるのは、約800人参加のオーディションを勝ち抜いた15歳の俳優・原田琥之佑さん。彼が演じた奏介は、麻生久美子さん演じる親戚の寿美子と一緒に暮らしている中学2年生のアート系男子だ。飄々とした雰囲気を放ちながらも、ものづくりに関しては熱心で、友達と楽しそうに笑う姿にはほっこりさせられる。
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本作の麻生さんのインタビューでは、「寿美子と暮らす家の壁に飾ってある絵は原田くん本人が描いていると聞いた」と語っていたこともあり、どこか本当にアーティストの才能が眠っているのかもしれないと思わせるような雰囲気があってとてもよかった。

麻生さん演じる奏介の親戚の寿美子は、つかみどころがなくふんわりした明るいキャラクターでとてもチャーミング。劇中で彼女の背景が語られないぶん、“悲しい過去を抱えているのではないか”とか“アーティストに強い憧れを抱いているのではないか”など、あれこれと想像するのが楽しかった。
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ちなみに麻生さんは、自身がヒロインを務めた『ウルトラミラクルラブストーリー』『俳優 亀岡拓次』でも横浜聡子監督とタッグを組んでいる。麻生さんの魅力を知り尽くした横浜監督だからなのか、寿美子のチャーミングさはどこか麻生さんとも重なっているように感じた。最近の麻生さんは、連続テレビ小説『おむすび』の母親役や、ドラマ『魔物』で殺人事件の容疑者の男性に惹かれてしまう女性を演じて大きな話題を集めていたが、今回また新たな麻生さんの俳優としての魅力を、寿美子という役をとおして発見できたような気がする。

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本作は「長いつばの女」「夏の終わりのミメーシス」「どこかへ穴でもできたのかい」という3つのエピソードで構成されている。この3つを軸にしながらも、街で開催される縁日や老人ホームの入居者たちへのケアマネージャーによる虐待疑惑問題など、ほっこりしたものからシリアスなものまで細かいエピソードが展開していく。どこへ向かって話が転がっていくのかわからないのも横浜監督作品の魅力といえる。
長いつばとはサンバイザーのつばのことで、そのサンバイザーを被っているのが唐田えりかさん演じるヨーコだ。ヨーコは高良健吾さん演じる包丁売りの高岡の恋人で、サンバイザーを被って自転車に乗り、街をぐるぐると徘徊する。何者かわからないけれどキュートなヨーコを見た奏介の友達が、一瞬で一目惚れするという甘酸っぱいエピソードが盛り込まれていたのもおもしろかった。
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ほかにも、剛力彩芽さん演じる街の不動産屋に勤める理沙子、菅原小春さん演じる奏介の叔母でアーティストから借金を回収しているメグ、諏訪敦彦さん演じる美術商のA氏、村上淳さん演じるアーティストのケン、坂井真紀さん演じる海辺でランチ販売をする静香、宮藤官九郎さん演じる職業不明の五郎など、謎だらけでどこか変な大人たちのオンパレード!だけど考察する要素もなければ登場人物たちが複雑に絡み合わないところもこの映画を推せるポイント。
大人たちだけじゃなく、奏介の友達もとってもユニークで、特殊能力を持った美術部の後輩や、街の住民を取材する新聞部の女子、知り合いの老婆のために変わった作戦を思いつく美術部の先輩などピュアで伸び伸びとした子どもたちの姿に、心が洗われたような感覚を味わった。
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「こんな街に住んでのんびり暮らしたい」と思わせるような不思議な魅力のある作品
本作の主人公は少年だが、この少年が成長する物語でもラストに感動的な何かが待っているわけでもない。でも不思議と引き込まれてしまうのは、生き生きとした子どもたちと、どこか変な大人たちがみんな魅力的だからだろう。
舞台となっているのはどこかの海辺の街で、ここはアーティストの移住を積極的に歓迎しているという設定だ。だからなのか、どんな変わった人でも受け入れてくれる大らかさをこの街から感じる。“変な人”という自覚のある筆者も、鑑賞後に“この街でギャラリーカフェでも経営してのんびり暮らしてみたい…”という妄想が広がった。
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豪華キャストたちの魅力的な芝居と、横浜監督にしか描けないユーモアたっぷりのシーンや美しく印象深いシーンが満載の本作。ぜひ劇場の大きなスクリーンで堪能してもらいたい。


文=奥村百恵
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