映画『美しい夏キリシマ』の脚本などを手がけた松田正隆さんによる傑作戯曲を、気鋭の演出家である玉田真也さんが監督&脚本を務めて映画化した『夏の砂の上』。 本作で主人公の小浦治を演じたオダギリジョーさんは、主演に加えて共同プロデューサーを務め、さらにキャスティングから完成に至る全工程で本作に関わったという。
治の姪を演じた髙石あかりさんとの撮影エピソードや、本作を作り上げていく過程で感じたこと、昔は苦手だったという「エンタメ作品」に対する意識の変化などを語ってくれた。

オール長崎ロケを敢行した撮影「多くの映画監督が“撮りたい”と思う場所なんだなと実感した」
――松田正隆さんの戯曲を映画化した本作の脚本を読まれた時に、「これは良い作品になる!」と感じてプロデューサーを買って出たとコメントされていました。本作のどんなところに惹かれたのでしょうか?
【オダギリジョー】昨今の日本映画は、どちらかというとビジネスの側面が強く、作家性や芸術性という文化的な側面は軽視されているように感じます。ビジネスはやはりリスクヘッジが必要だから、原作ものやテレビドラマの映画化といった企画が増えるのは理解できますよね。それゆえ、インディーズのオリジナル企画はなかなか作ることが難しい現状が続いています。
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そんな中、この脚本はまさにそんな希少種のど真ん中にありながら、素晴らしいものでした。この企画を実現するために、自分も微力ながら何かお手伝いができれば、そんな思いからプロデューサーを名乗り出ることにしたんです。
――本作は全編オール長崎ロケを行って撮影されていて、ロケハンにも行かれたとうかがいました。ロケ場所でこだわったポイントを教えていただけますか?
【オダギリジョー】厳密に言うとシナハン(シナリオハンティング)から参加していまして、台本には「山にへばりつくように家が建っている」といった描写があったので、そういう場所をチームのみんなで探しました。治の家は坂の上にありますが、細い坂道を切り取ると奥行きのない詰まった画になりがちです。
ただ、逆にカメラを切り返すと画の奥には海や治が働いていた造船所が映り込むので、カメラの方向でまったく違ったイメージを作れます。そうした意味でもとても魅力的な地形だと思いました。

――坂道や階段を治が上ったり降りたりするシーンはどれも印象的でした。
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【オダギリジョー】あの坂道を登っていかないと、家にたどり着かないところがとっても現実的ですよね。治が坂道を登るシーンは、人生の苦しさや美しさを視覚的にも表現しているように感じましたし、何より道幅が狭いおかげで車など、現代的な乗り物が映り込まないんです。人間らしい時間の流れを作れるので、あの街は多くの映画監督が“撮りたい”と思う場所なんだなと実感しました。
――息子を亡くした喪失感から人生の時間が止まり、妻に見限られた主人公・治を演じるうえで、意識されたことがあれば教えていただけますか?
【オダギリジョー】治を演じるうえで重要なのは、満島ひかりさん演じる阿佐子との関係性だと思っていたので、満島さんとのシーンをより大切にしていました。阿佐子は治の妹で、髙石あかりさん演じる娘の優子(17歳の治の姪)を治に預けて博多にいる男の元に行ってしまいます。劇中では深く描かれていませんが、どんな親子で阿佐子は優子にどんな影響を与えたか、それは治と阿佐子の関係性からも見えてくるのではないか、そんな風に思いを巡らせていました。そういった三人の関係性が滲み出ることが、この作品の奥行きにつながると思っていました。
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――治の妻・恵子を松たか子さん演じられていますが、松さんとオダギリさんは何度か共演歴があり、最近ですとドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」が話題を集めていました。ぜひ松さんとのエピソードもおうかがいできたらうれしいです。
【オダギリジョー】とても印象に残っているのが、本読みの時の松さん。本読みが終わったあと、監督が僕と髙石さんに「お二人ともトーンが少し暗いかもしれません。松さんがちょうどいいと思います」と仰ったんです。“さすが松さん…”ですよね(笑)。
僕としては、特に意図して暗く演じたわけではなかったのですが、監督が想像していたのは意外にももっと明るい方向だったんだと本読みで気づかされました。「悲壮感を漂わせたくない」という意図が監督にあったようで、松さんが感覚的にビシッとそこに当てて来たのは、さすがとしか言いようのない出来事でした。


“映画的”だった髙石あかりとの芝居「挑戦的なことができる強さを持っている人だと思う」
――劇中で治と優子が水を飲むシーンがとても印象に残りました。こういう素敵なシーンを観ると“今、贅沢な時間を過ごしているな”と鑑賞中に感じたります。あのシーンの撮影はどのような演出があったのでしょうか?
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【オダギリジョー】実はあのシーン、僕も髙石さんもあんなに派手に水をかぶるとは思っていなかったんですが、テストや本番を重ねるうちにああなっていったんですね。二人にとっては感情が解放されるような、大切なシーンだったので、感情を抑えることなく、思いのままにやっていたら大量に水をかぶっていた…という感じでした。ただ、制作部チームはかなり引いていましたね(笑)。
――それはなぜですか?
【オダギリジョー】あの日は、家のオーナーさんが家族で見学に来ていたんですよ(笑)。まさかあんな事になるとは思ってないだろうし、水浸しの畳はすべて貼り替える事になりますからね。そういう意味で制作部チームのみなさんがガッツリ引いてましたね…(苦笑)。
――そうだったんですね(笑)。髙石さんは水を飲むシーンについて、「オダギリさんが『あのシーンの芝居は本当に映画的だった』と言ってくださって、鳥肌が立つほどうれしかった」とコメントされていました。その“映画的な芝居だった”という点について具体的にお聞かせいただけますでしょうか?
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【オダギリジョー】この物語はもともと舞台の戯曲として描かれたもので、今回初めて映像化されました。舞台とは違う表現として、映像作品だからこその演技が生まれたことを伝えたくて“映画的”という言葉を使ったのではないかと思います。“映画的な芝居”という点に関して、もう少し付け加えるのであれば、例えばダンスを踊っている人を見ていて、タイミングも振り付けも曲のテンポに合っていなかったら気持ち悪く感じますよね。お芝居にもそういうのがあるんです。
――セリフの間合いや動きが合わないということでしょうか?
【オダギリジョー】そうですね。だからといって、観ている人のタイミングを狙いすぎると計算し尽くした芝居に見えてしまい、僕はそれがあまり好きではないんです。舞台であれば、大きな劇場で後ろの席に座る観客に伝えるためにそういうわかりやすい芝居が必要だったりもしますが、映画はもっと振り幅があってよいと思っているんです。
カメラの寄り引きで情報量も変わりますし、芝居は敢えてタイミングをずらしたり、違和感を生じさせるということも時に必要だと思っています。髙石さんは水を飲むシーンでそういう芝居をされていたので、この若さで芝居のずらし方をすでに知っているのであれば、すごくテクニカルな面も持っている俳優なんじゃないかと、そういう思いをすべてひっくるめて「映画的だった」と伝えたのだと思います。
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――髙石さんはほかの作品でも印象的な役をたくさん演じてらっしゃって、今後が楽しみな俳優さんの一人です。
【オダギリジョー】芝居でタイミングをずらすというのはある意味勇気が必要で、彼女は挑戦的なことができる強さを持っている人だと思うんです。今後髙石さんがどんな作品や役柄を演じていくのか楽しみですね。

――ちなみに、もしもオダギリさんが監督として髙石さんとご一緒するとしたら、どんな役柄を演じてもらいたいですか?
【オダギリジョー】髙石さんは見た目が都会的というか、シティ感があるじゃないですか。でも実際は、宮崎県のわりと田舎の地域出身だと言っていたので、ものすごい田舎が舞台で、そこで暮らす女性を彼女が演じたら、何にも負けないリアリティを持つのでしょうね。


コロナ禍がきっかけで「現実を忘れるぐらいバカバカしい作品を作ってみたいと思った」
――今回「あくまで玉田監督の補佐的な立場を守りつつ、隠し味程度に自分の経験値を注ぎ込めた」とコメントしてらっしゃいましたが、どんなところに一番ご自身の経験値を注ぎ込めたと感じてらっしゃいますか?
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【オダギリジョー】自分の監督作品では、編集や音作業、すべて自分がまとめ上げます。実は、仕上げ作業が一番得意とするところなんです。クランクインする前はシナハンやロケハンといった準備を手伝い、インしてからは治を演じること、つまり俳優としての仕事を重要視しつつ、現場で玉田さんが心地よく居られるような雰囲気作りに努めました。
そしてクランクアップ後は編集作業などに参加して、細かい修正のお手伝いをさせていただきました。そんな中でも、僕の経験値を一番注ぎ込めたのは音作業だと思います。劇場の5.1chを最大限に活かした音作りをしているので、なるべく劇場で観ていただきたいですね。
――話は変わりますが、オダギリさんが監督を務めた『ある船頭の話』でインタビューさせていただいた際に、「エンタメに寄せた作品を撮る可能性は?」という質問に対して「自分にはエンターテインメント映画を作る能力はないので、そういったものを得意とする監督が撮られたほうがよいと思います」と答えてらっしゃいました。そのあとドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』というエンタメ性に溢れた楽しい作品を発表されましたが、何か心境の変化があったのでしょうか?
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【オダギリジョー】きっかけはコロナ禍でした。映画やドラマといった娯楽は当時一番に必要ないものとされて、それは自分にとって存在価値を否定されるようなショッキングな出来事だったんです。ただ、不要不急の生活の中、家に閉じこもった日々の中でエンタメ作品はその希望となり得るはずだと感じたんですよね。
以前はエンタメ作品なんて興味がなく、あまり触れてこなかったのですが、“コロナ禍だからこそ現実を忘れるぐらいバカバカしい作品を作ってみたい”と思ったのがきっかけで『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』の制作に至りました。
――最近ご覧になった中で“これはエンタメ作品だな”と感じた映画やドラマがあれば教えていただけますか?
【オダギリジョー】アメリカのアンダーグラウンド・コミックを代表する漫画家でイラストレーターのロバート・クラムのドキュメンタリー映画『クラム』がおもしろかったです。
社会的なメッセージを込めた漫画やイラスト、毒のある政治的な風刺作品を多く描いた人なのですが、映画では「現代人は何のコンセプトもない。あらゆるものが金儲けの道具だ」と発言をする彼の姿も含めて、資本主義の根本と未来を、同時に語っているようで。正にアーティスト!と叫びたくなるエンタメ作品でしたね。


取材・文=奥村百恵
◆スタイリスト:西村哲也
◆ヘアメイク:砂原由弥
(C) 2025映画『夏の砂の上』製作委員会
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